働かない夫の存在価値

「働かざる者、食うべからず」とは、よく言ったもので、
働かない、あるいは働きたくても何らかの事情で働けない人は、
お金が手元に入って来ませんから、生活が成立しないわけですね。

この哲理は、別に夫婦でなくても当てはまりますが、
特に夫婦の場合、夫が「働かざる者」であると、その影響は大きいです。

働かない夫ひとりが飢えるだけでなく、妻も子も飢えるわけです。

しかし、最近の日本では「飢える」という言葉が実感を伴っていません。
現在の日本は景気後退、年金の額が減らされ、消費増税という諸問題はあるものの、
内乱が続いていて、明日の命すらままならないような国家から比べると、
一応の社会保障制度は整っており、最低限のラインは守られているわけです。

戦時下で生命の危機があると、仕事どころではないのです。
貧困国家、開発途上地域であれば、「飢餓」は現実のものです。

生命の危機がない日本は、恵まれていると言えます。

では、その日本でナゼ仕事をしないのでしょう?

なりふりをかまわなければ仕事はあります。
それこそ掃除の仕事でも何でも構わないはずです。

以前大企業に在籍していた人は、どうしても「メンツ」といいますか、
自分を落としたくない、といった意識が強いようです。
特に管理職にあった方にこの傾向は強いようです。

しかし夫婦という共同体を動かして行くには、お金が必要です。
お金は人体でいえば、血液に当たるでしょうか。

もし夫が働かなくなり、お金が入ってこなくなると、
家庭は悲惨な様相を呈してきます。
食べるものはロクに取れなくて、買いたい日用品も買えない、
といった状態です。

人体でいえば、栄養不足から病気になり弱って来る、といった段階ですね。
その状態が続けば、家庭であれば一家離散であり、
夫婦はそれぞれ別の道を進まなければならなくなります。

ところが昨今、仕事をしたくてもなかなか仕事がない、
といった状況になって来ています。

社会保障の整っている日本でも、
世界的な経済停滞からは逃れることはできないのです。

こうなって来ると、昔からの慣習である、
「夫は仕事へ、妻は家庭を守る」などと言っていられなくなってきます。

妻も稼ぎへ出るといっても、主婦の仕事はそうそうあるものではありません。
そのような背景でしょうか、在宅インターネットでの仕事が脚光を浴びています。

ひと時代前の「良い大学を卒業して大企業に勤めれば一生安泰」
といった概念は、いま通用しません。

これも時代の流れですから、適応していくしかないのでしょう。